当時、お子だった僕はカスカワスポーツの店内で、ずーっとこのシューズを見ていました。17,800円という高額でしかも異彩を放っていたそのシューズは、明らかにどのシューズとも違い、「履けるものなら履いてみな!」と挑発している様でした。
あれから30年。
全国で大争奪戦が繰り広げられ、原宿には3,000人とも4,000人とも言われる人々が並び、新宿や渋谷では3時間の抽選時間におよそ1,000人が訪れた2015年5月30日、
伝説のカラーリングのシューズがリリースされました。
【AIR JORDAN 1 RETRO HIGH OG】

2013年からリリースが始まったOGシリーズ。

昨年末にちっさいオッサンが復刻させたデンデコから本当の意味でオリジナルに近いAIR JORDAN 1が出ました。この赤白黒こそ、その本命なのかも知れません。
AIR SHIPから栄光のNBAキャリアと不動のNIKEとのパートナーシップがスタートします。

Bruceおじさん達が突貫工事で仕上げた業界初のトータルマーケティングパッケージのシグネチャーシューズは、未だNBAでの実績が無い若者に捧げられました。

後発だったNIKEにとって、それはとても大きな賭けであったことでしょう。その結果がどのようなモノになったかはみなさんがご存知の通りです。
ジャージーカラーにマッチしたその見慣れないシューズはMJのインパクトあるプレイと共に話題性はバッチリでしたが、セールス的には振るわなかったそうです。

若かりしMJは、ゴールドのネックレスをジャラジャラつけた血気盛んな超オフェンシヴプレイヤーでした。



才能があっても1人の力では頂点に立つことは出来ない・・・。MJがチャンピオンリングを獲得するまで約6年の歳月を有することになりますが、僕はスコアリングマシーンとしてギラギラとプレイする若い頃のMJが大好きです!!

1997-1998シーズンは別名"Last Dance”とも呼ばれていました。Scottieがフロント陣との確執を抱え、シーズン途中からヘッドコーチのPhil Jacksonが来季にはチームを去るという噂が立ち、MJはPhilとScottieがいないチームではプレイしないことを表明していたからです。
1998年3月8日、Chicago Bullsとして最後のNYK戦。NYC出身であり、MSGでのNYK戦に思い入れが強かったMJは、自宅のクローゼットから伝説のシューズを引っ張り出してきました。ルーキー時代のシューズを履いてプレイすることでNYCに対する感謝・敬意・愛情を表現したと言われています。


ちょっと小さかったらしく、マメを作りながらプレイしたそうです。(感動)

僕、オリジナルは持っていたんですが、もうポイしちゃったので、今ではmixi上のポン日記「AIR JORDAN再考」第1回目でしか見ることが出来ません。
様々な媒体でオリジナルとの比較を行っているので、興味ある方はぜひdigってみてくださいね。
レザーの風合いや

シルエットはもちろんオリジナルと100パー同じではありませんが、

かなりの再現度だと思いますよ。

2013年のOGが出た当時はおーっ!と思いましたが、タンの切れ込み部分とか見ると、2013年の本気度はイマイチだったんだなぁって。(笑)


ヒールのパーツの太さも違うもんね。


インソール

アウトソール

シューレースは赤白黒の3色が付いてきます。

黒赤よりも僕は赤白黒の方がAIR JORDANらしいなぁって思います。

MJも言ってたけど、黒赤はこの色だもんね。ww

ゲッチュー出来て本当に幸せです!!

次の赤白黒はこのモデルですね。。。

AIR JORDAN最高ーっ!!
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